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2022年09月26日NEWSゼミナール

高見ゼミナール 夏合宿報告

2022年9月13-14日、草津温泉で1泊2日のゼミナール合宿を行いました。1日目の午後には、夏合宿研究会を実施し、温泉地の国際比較やハンセン病(ヨーロッパ史の重要トピックの1つであり、草津で多くの療養が行われました)について基礎的な情報の共有が行われるとともに、冬の合同ゼミに向けた中間報告や2年ゼミ生が作成した書評の合評会も行われました。

合宿2日目には、国立重監房資料館を訪問し、資料館スタッフの方々からの丁寧な説明を受けながら見学しました。ハンセン病に関わる歴史に触れることで、社会的排除や隔離といった問題を考えるきっかけになりました。今年度のテーマである「救貧」や「社会格差」、「感染症」といったトピックとも関係するものであり、後期以降での議論の深化が期待されます。

また、学習面以外でも、コロナ対策に注意を払いつつ観光、グルメ、温泉を大いに楽しむことで、ゼミ生同士の親睦が深まる機会になりました。

2022夏合宿_プリン

ゼミ生の感想

平形一樹(経済学科3年・県立高崎高等学校出身)

今回の合宿は、合同発表会に向けた中間報告や市内視察など、非常に有意義な時間を過ごすことが出来ました。ゼミ生との仲を深めることが出来たのも良かったです。

佐藤裕太(法律政治学科3年・私立二松學舍高等学校出身)

自分たちのゼミでは、夏合宿として、群馬県草津市を訪れました。このゼミナールは2年前に発足した新しいゼミなので、合宿をすること自体が初めての経験でした。自分はゼミ長として、宿泊施設や訪問先の予約、スケジュール調整など種々の段取りを決めることなどを行いました。おかげさまで、他のゼミ生の協力もあり、合宿当日はスムーズに行動することができました。草津では温泉に入ったりして、リラックスすることができました。そして、合宿2日目には、ゼミ合宿の学習の一環として重監房資料館を訪れました。そこでは、当時のハンセン病患者に対する劣悪な環境を目の当たりにして衝撃を受けるとともに、今日に至るまでの長い取組みの歴史を知り、感慨深い気持ちにもなりました。

永町光基(法律政治学科3年・私立浦和ルーテル学院高等学校出身)

私たちはゼミ合宿として草津に行き、今年12月に行われる予定である久留米大学との合同ゼミに向けた中間報告を行いました。報告では、各々が夏の間に調べてきたことや、疑問に思ったことなどを発表、質問し、学生同士または先生とコミュニケーションを重ねることで、これからどのように進めていけば良いのか道筋が見えて気がします。その他にも、温泉地草津に行ったということで温泉にも入りました。お湯は少し熱く、最初は入るのに抵抗がありましたが、慣れればいけました。1日目は発表中心で2日目は観光中心ということで、メリハリのある楽しいゼミ合宿ができたと思っております。

渡辺才華(法律政治学科3年・私立淑徳高等学校出身)

特に印象に残っているのは、2日目に行った重監房資料館です。私はハンセン病について全く、名前すら知りませんでした。今回草津に合宿するとの事で先生が紹介してくれたのでせっかくならと資料館に行ったのですが、そこで拝見した説明動画や資料など未だに忘れることが出来ていません。
特に印象に残っているのは当時の重監房を再現した薄暗い部屋です。その部屋には小さな窓と薄い布団、そして食事などを渡す戸口のみ。その戸口から手を伸ばす患者がいた事を映像で知った後だったので恐怖を感じつつも、狭く不衛生な部屋に理不尽に閉じ込められた人達の悲しみが伝わってきました。
他にも資料館に入ってすぐの所には、現状分かっている重監房に連れてこられた人達の名前とその経緯や死因などが書かれたパネルがありました。印象的なのは多くの人達の名前がちゃんと分かっておらず、□表記されていたことです。名前がしっかりと記録されることなく無理やり連れてこられたことが分かり、当時の感染対策に怒りすら感じました。
パネルなどを見つつ資料館の方に色々と質問をしました。特に驚いたことは、規則では監房に閉じ込めるのは1ヶ月間のみでしたが、その規則を悪用し、期間が経過後1度外に出してまた監房に戻すといったことが当たり前にされていたそうです。
何のための療養なのか、それは名ばかりで、ただ差別と偏見を助長しただけであったと痛感しました。惨い制度や人々の差別にモヤモヤした気持ちを抱えたまま合宿から戻り、母親にこの事を話しました。そこで、実は私が子供の時に新聞に載っていたハンセン病患者の方の写真を見て、可哀想だと言ったというエピソードを聞かされました。私自身はそのことを全く覚えていないのですが、これは何かのキッカケなのではないかと考えハンセン病について自分でも調べてみました。例えば、当時の政府がなぜこのような政策を取ったのか、制度形成をめぐる思惑についてです。放浪らいの数が世界3位と多かった当時の日本は、多癩国・後進国と世界からレッテルを貼られました。そこで明治政府は、世界水準に合わせるべく差別を助長するような法律を制定したという経緯があったようです。隔離のおかげで差別がなく平穏に暮らせたという人も一部いたそうですが、やはり多くの国民の人権を侵害した政策であったことも確かであり、この草津の重監房はその象徴だと思いました。
この経験は、今の世界的な感染症に対する国家の対応の是非という目の前の問題にも繋がってくるように感じます。世界水準に合わせようと外に目を配り、目の前の苦しむ患者の方たちのことは考えないと、ハンセン病の事例の二の舞になるのではないか。勿論、当時とは医学の水準も世界情勢も異なりますが、学ぶべきところは存分にあるように思いました。不謹慎ですが、今後の人生で二度と経験出来ないであろう世界的感染の最中に、重監房資料館に赴き同じ感染病のハンセン病をめぐる足跡を学べたことは、大変貴重な経験になりました。

2022夏合宿_研究会

2022夏合宿_集合写真

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